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20歳になった息子へ

2025/02/21
2025/02/21

 

 

これは長男が20歳の誕生日に色んな思いが込み上げて来て書いた当時の日記です。

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昨日は長男の20歳の誕生日で、嬉しいのと寂しいのと複雑な気持ちで1日を過ごしていました。

これまで色んなことがあって、元気でいてくれればそれでいいと思っていたはずなのに、

親として欲が出てしまうこともあったり、反省ばかりの20年だったなと。

そんな、ダメなお母さんだと言う私に
「いいお母さんかどうか決めていいのは僕とルイだけだよ。僕たちのお母さんなんだから」
と言ってくれる優しい子に育ってくれました。

セナ、初飲酒。

 

少し長くなりますが、これまでのセナとのことを日記代わりに書きます。

 

セナは、全身麻酔が出来る1歳になったら両足の手術をする、ということが生まれてすぐの時から決まっていました。

そんな、手術する1歳になった頃のセナ。

こんな小さい子に長時間の手術を受けさせないといけないことへの罪悪感で、この頃の私はいつもごめんねと言っていたような気がします。

 

1歳になり、予定通り受けた7時間にも及ぶ手術から数ヶ月もの間、足先から足の根元までのブーツのようなギプスをつけ続けることなり、ハイハイから歩くようになる大切な時期に足を使うことすら出来ない状態で過ごしました。

なので、ギプスが外れてからも弱っている足ではハイハイも立ち上がる事も長いこと出来なかったセナに対して、

自分の子供と比較して心ないことを言うママさんたちの言葉にイラついて(悪気はなかったと思うけど)、

逃げるように誰もいないような公園へ連れていくようになり、私とセナは孤立していたと思います。

私がそうさせてしまいました。

 

さらに、手術時の医療ミスで、セナの足には一生消えない深い傷が8ヶ所出来てしまい

その治療と病院との話し合いとで病院に通いつめていた頃、夫が岩手へ転勤することになりました。

けれど、私はセナの治療及び病院との話し合いがあったため、ついて行かずに夫1人で単身赴任に。

 

歩く練習、足の治療、家での手当て、病院との話し合いの毎日で、頼る人も友達もいなかったけど

必死でセナと寄り添って頑張っていたあの頃の私に、よく頑張ったねと褒めてあげたい。

 

治療も目処がつき、話し合いはようやく和解をし、夫のいる岩手へ引越し。

知ってる人がいない場所に不安もあったけど、岩手の人達の温かさとおおらかさとのんびりした土地柄が私にもセナにも合っていて、セナものびのび育ってくれました。

本当に岩手大好き!!泣

 

大阪に戻った小学校でもいい友達に恵まれ、マイペースでマイペースでマイペースな子に成長しまして、(どんだけ)

 

 

主に世話焼きの女子からお世話されていましたww

 

小学生、中学生、高校生、それなりに色々あったけど、

睡眠障害になった時も、大学を留年した時も、大学を辞めた時も、

元気ならそれでいいと思えたのはあの頃があったからかもしれないなと、ふと思う。

そりゃ色々求めてしまう時もあるけど。

でも本当に、元気に大きくなってくれただけで嬉しいのです。

 

20歳おめでとう。

お母さんのところに来てくれてありがとう。

これから新たな道に進むセナに、大人になったセナに、してあげられることはもう何もないかもしれないけど、

お母さんの特権としてずっとずっと見守って行こうと思います。

 

あ、そうだ。

今日のお昼のテレビでケンティー(中島健人)が出てたんだけど、夫から来たLINE。

 

 

親バカ過ぎるやろwww

(ケンティーファンの皆様に謝れ笑)